湯煙コラム


■平山佳子
「お風呂の“とある”活用法」


平山佳子

柳橋と日本橋で生まれ育ったので、下町や花柳界の文化がいつも身近にありました。 たとえば、銭湯もそのひとつ。

かつての芸者さんはお仕事に出かけるまえ、たいてい4時ごろ銭湯に入りにいきました。(むかしで言うところの、一番風呂です)

襦袢ができるだけ汚れないように、着物をきる直前にお風呂に入るのが合理的だからなのでしょうか。

たとえ自宅にお風呂があっても、わざわざ銭湯に入りに行くのは、「あのお客さんはどうの」とか「お師匠さんにこんなこと言われちゃった」という井戸端会議をするためです。

芸者さんだけでなく、下町の人々はこうした交流の場としてよく銭湯を利用していています。

私は残念ながら銭湯は苦手ですが、お風呂は大好きです。

ゆず湯や菖蒲湯など、季節を感じられる日本の風習は、すごくかわいいシステムですよね。

ゆずで身体を温めるとか、菖蒲の香りで邪気をはらって元気でいられるようにとか、全部理にかなっているところも、大事にしていきたいなと思います。

ただ、お風呂は湿気が多いので、三味線という楽器にとっては、すごく不向きなスペース。

とはいえ、お弟子さんの小唄のお稽古の際に、‘あること’で必ずお風呂を活用させてもらっています。

その‘あること’とは、小唄のかけ声の練習。

小唄の唄いだしは、三味線を弾いている人が「ハッ」とか「ヤッ」というかけ声できっかけをつくります。

かけ声にも、唄い手にとって気持ちのよい高さというものがあるので、低い唄いだしや静かに入りたいときは、おなかに気合を入れて短く「ヤッ」と出すし、反対に軽く入りたいときは「ヨオッ」と高めに声をかけたりします。

ただ、日常生活では「ハッ」「ヤッ」というかけ声を使うシーンがないので、お弟子さんが恥ずかしがって、なかなか言えないのですね。

(私も小唄を始めたばかりのころは、すごく恥ずかしくて仕方がなかったので、気持ちはよく分かるのですが)

お弟子さん全員がそうだったので、苦肉の策として、お風呂で練習してきてもらうようにしました。

お風呂なら、反響していい声に聞こえるので、うまくなったような気がして、みんなが確実に上達していきます。

もともと、私はお箏の師範の免状は頂いていましたが、小唄は大学を卒業してから正式に始めました。

お箏では三味線も必要なので楽器は弾けたのですが、小唄はすこし出遅れたスタート。

師匠のところに内弟子感覚で毎日押しかけ、「取り返さなければ」という感じで、一生懸命に若手の登竜門のコンクールなどに出ていた時期があったのです。

そういった勝負がかかっているときには、前日に1時間くらい半身浴をするのが通例でした。

湿気をなるべく喉に送って、声を出しやすいようにするという目的もあるのですが、お風呂で心を開いて、むやみに身体に力を入れすぎないように、リラックスして挑むのが、一番しっくりきた方法でした。

無事にコンクールで賞を獲ったのをきっかけに、小唄でも師範になることができました。

いまでも、ゲストで呼ばれたライブの前日などには、お風呂で気持ちも身体もほぐしています。

お風呂はいつの間にか、私にとって重要な儀式になっているようです。

文/平山佳子(ひらやまよしこ)

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