湯煙コラム


■林マヤ
「銭湯と初恋」


林マヤ

お風呂といったらまっ先に思い浮かぶ言葉が……“初恋”です。

それはマヤマヤがまだ幼い子供の頃にさかのぼりますv

信州は長野市、善光寺さんのすぐそばでオギャ〜ッ!と大きな産声をあげたマヤマヤ。

あまりのドデカイ声に看護士さん達はてっきり男の子だと思ったそうな。

そしてそれから5年の歳月がたちました。

BODYも当然、まわりの子たちより群を抜いてドデカイ!ところがデカイのは体だけ。

あれだけ勢いよくこの世に飛びだしてきたのに、性格はめっちゃおとなしく、極度の人見知りっ子。

人と向かい合うだけで心臓はバクバク、声は蚊の鳴くよりも小さく小さく、おしゃべりするなんてとんでもない……(涙)。

でもそんなおとなしいマヤマヤに、いつも明るく声をかけてくれたのが、銭湯の息子ヒデキちゃんでした。

ヒデキちゃんはガキ大将的な存在で歳はマヤマヤより一つ上。

身長はかなり低かった。

そんなヒデキちゃんはマヤマヤのことを「巨人」と呼んでいました(笑)。


ある日のこと……お母さんに用事があって、一人で銭湯に行かなければならなくなりました。

いつもはお母さんの背中が塀のようにマヤマヤを守ってくれた。

でも今日はその背中にしがみつけない!初めてのおつかい状態です……『人がいっぱいでドキドキするよぉ……』桶を持つ手も震えます。

お湯で暖まるどころか、どのようにしてお風呂に入ったのかさえ覚えていないくらいテンパってたマヤマヤ。

確かなことはひたすらうつむいたままだったこと。

そして長いようでめっちゃ短かったであろうお風呂タイムを終え泣きそうな気分で銭湯を出ようとしたとき、番台にヒデキちゃんが。

『おっ、巨人!今日は一人で来たのか?エライじゃんか〜。

ちょっと待ってろよ!」といってお店の冷蔵庫からビン入りのコーヒー牛乳を取り出してきて『かあちゃんには内緒だぞっ!ほいっ!』と手渡してくれたんです。

コーヒー牛乳はマヤマヤの大好物だった……キンキンに冷えたコーヒー牛乳はとびっきりにさわやかに美味しくて、そしてヒデキちゃんの笑顔は太陽のように眩しかった〜♪


それからはときどき、一人でも銭湯に行けるようになったマヤマヤ♪でも運命とはなんと残酷なものなのでしょうか!お父さんの転勤でマヤマヤは上田市に引っ越すことになったんです。

引っ越しの日、トラックで銭湯の前を通りかかったとき、ヒデキちゃんがのれんの下から飛び出してきたのです。

そして荷台に座っているマヤマヤのところまで走ってきて『巨人、元気でいろよ!ほいっ!』とビン入りのコーヒー牛乳を手渡してくれました。

トラックは土煙りを上げて走り出し、荷台から見えるヒデキちゃんはどんどんどんどん小さくなっていき黒ゴマみたいな粒になってやがて見えなくなってしまいました……。

ガタゴトと揺れるトラックでひとり飲んだコーヒー牛乳は生暖かかった。

きっとヒデキちゃんは、このコーヒー牛乳をにぎりしめたままトラックが来るのを待っていてくれたのかもしれない……初恋の味は……なんとも甘くてほろ苦かったです……v


今でも仕事で疲れて家に帰る途中、ふと銭湯に寄ることがあります。

大きな湯船にゆったり浸かると、心がフワ〜ッと軽くなって体中があったかさとやさしさでいっぱいに……瞳を閉じると、あのころの小さな巨人に戻ったような懐かしい気持ちになります……ヒデキちゃん、大好きだったコーヒー牛乳は今はビールに変わったけど(笑)お風呂上がりの一杯を楽しみに、毎日、たくさんの人と出会いながらマヤマヤはお仕事ガンバってるよ〜!いつまでもいつでも元気とやさしさと小さな恋の物語を思い出させてくれるお風呂に乾杯で〜す♪♪♪

(文:林マヤ)

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