湯煙コラム


■岡部まり
「私の温泉歴」


岡部まり

日本人として生まれて良かったナァーと思うことは山々有るが、その中でも「温泉の豊富な国、日本」は、かなりの上位に位置する。


私が生まれ育った長崎では、何かあると「雲仙」だった。

春が来れば、満開のツツジを家族で観に行き、夏になれば、学校単位で夏期学習の合宿をしたり、秋には紅葉を、そして冬ともなると「寒い!寒い!」と言っては、霧氷を珍しがりながら、温泉を気軽に楽しんだ。

湯煙りの町、雲仙、いやしの町、雲仙。

美しい町、雲仙の四季で成長した私も、高校を卒業し、福岡の短大に入学した。

雲仙で育てられた私の「温泉好き」は、この入学を機にさらに開花していった。

丁度、モデルのアルバイトを始めたことも手伝って、福岡の近く、否、九州全域に旅行することも増えていったので、そのついでにホテルから温泉へとお宿を変えることもしばしばあった。


大分の別府、日田、由布院、熊本の阿蘇、山鹿、宮崎、鹿児島と、南の国・九州の、その熱さ加減を若い身空で満喫した。


そのうちに短大を卒業する時が訪れて、憧れのスチュワーデスの試験を受けたが、これが見事に落ちてしまったので、そのまま、モデルクラブに残りつつ、相変わらず友人と温泉に小銭を使った。

ここで一応断っておきたいのは、この「友人」というのは、彼氏ではない。

そのほとんどが、モデル仲間である。


「モデル」という仕事は、見かけほど楽なものではなく、心身共に労働をする。

広告という性格上、どうしても季節を先取りしなくてはならないことが多い。


まだ冬の寒さが残る時に、うすい布地の春夏ものを着て、まるで“陽だまり”のような笑顔をつくらなければならないし、そうかと思うと、うだるような夏の日に、冬もののコートを着て、汗など流せないのである。

そんな緊張をほぐすには、ロケ先の温泉が神様からのプレゼントのように、有難い。


さて、そんなモデルの仕事にそろそろ興味が持てなくなった23歳の秋、私は、フラリと上京する。


幸いにも、他人(ひと)に恵まれて今日まで、お仕事を頂いて、なんとか東京での暮らしができているが、私的にも、「温泉好き」を続けることも許されている。


伊豆、箱根、伊東、修善寺、熱海をはじめ、北関東の方は、甲府、長野、日光と、なにか理由をつけては、探索に行く。


この2、3年気に入っているのは、長野の小諸の“リンゴ風呂”で、あの食用のリンゴが、いくら沢山とれるからといって、煙立つお湯一面に、リンゴが浮いていた時は、感動した。

お湯につかっていると、リンゴの香りがそこらじゅうに漂っていた。

昔のモデル仲間3人行った時、「ひとり、何個まで持てるか」競争した。


女3人、あれから20年もたつのに、裸のまま、両手を思いきり広げて、リンゴを1個でも多く持とうとする無邪気な姿が、健在で嬉しかったのを、今でもおぼえている。

(文:岡部まり)

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