◆湯煙コラム◆
■イッセー尾形
「僕の風呂生活」
僕の公演のスケジュールは年間120ステージを組んでいる。
その前後に移動日があって、全国の北から南を動き廻っていて、スタッフにお湯狂いが居る為に僕は心底お風呂嫌いなのに、「公演後の疲れを取りましょ!」とかなんとか丸め込まれて無色透明からドロ色・無臭からくさった玉子臭まで有名秘湯までに漬け込まれていると思う。
好きでないのを通り越して、嫌い、大いっ嫌いとはこうゆうもので、全く、何一つ覚えていない。
思い出せないのを絞り出すと、
「こんな濃い色だと、その山からヘビが入って来ても解らないね」
ヘビは変温動物だからお湯には入らない、とかケガをしたヘビなら湯につかる……後々議論にはなった。
「この臭いは、きっと何日も、洗っても洗っても服に付いてるよお。
」マイナスな思い出しか戻って来ない。
東北の秘湯だった。
七人乗りのワゴンで僕達は山の奥へ奥へと入って行った。
広島弁まる出しの釣と温泉に目の無い、我がスタッフは、
「でも、もう来てしまったんよ。
男らしくカンネンしよ。
俺も本当はダメじゃこの湯は、だけどがまんよ。
ツツジがきれいよ。
ほら、みんしゃい」
バスタオルを身体に巻いて、僕らは山の斜面をあっちの湯、こっちの湯と入っては出てを繰り返した。
途中、おばさん達もバスタオルの胸を押さえてすれ違う。
ありがたいことに混浴ではないらしい。
どうやら道を間違えたおばさま方のようだ。
「あっちには男湯しか無かったよ」
片手でタオルをおさえたままで、おばさん群団は僕に道を教えてくれた。
「あのタオルが落ちたら、どうなるん?ドキドキしたよアハッ、違った意味で……」
僕は、僕を芸能人だとは、おばさん達が思ってもいない事に、本当にホッ、とした。
「イッセーさんあのおばさん達ね、本当はたぬきなんよ」
あわてて彼女達が消えた先をふり返った僕に、皆嬉しそうに笑ってくれた。
我が家の風呂は公団のマンションで両隣も上も下も700世帯の多くの人とほぼ同じスペースであることは間違いない。
僕にとって、これが大変な安心材料だ。
人の顔がどれ一つ同じようでないように、今僕が嫌々入っているこの風呂に、どれだけの人がどんな想いでこの時間お湯につかっているのだろう、と思うとそれだけで気がつくと、出たり入ったりしながら何時間も経っていたりする。
(文:イッセー尾形)
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